潜在意識と引き寄せの法則でどん底から人生逆転

カナダで失業、生活保護、人生どん底からの逆転。

大衆は常に間違う

今日は久しぶりにエッジのきいた記事になります。

そのため、人によっては内容に不快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。

もし当記事を読んでいて、気分が悪くなった場合は速やかにブラウザを閉じ、退出されることをおすすめいたします。

 

大衆は常に間違う

 

この言葉はある成功者の方から教えてもらったマインドセットの一つです。

ただこの言葉には「自分は特別な存在である」という意味は含まれていません。

「あくまでも自分も大衆の一部であるという認識は持っていないといけない」ということも重要であると教えてもらいました。

 

世の中には常識というものが存在し、我々のほとんどはそれを自分の行動基準にしています。

しかし、常識というのは社会の秩序を保つために存在しているものがほとんどで、個人の幸福のために存在しているというものは非常に限られています。

 

そして常識の中には成功者が持っているマインドセットと真逆のものも数多くあります。

 

例えば世の中の大半の人は「お金=汚いもの」とか「お金稼ぎ=悪いこと」と考えています。

それに対し経済自由人は「お金=感謝」、「お金稼ぎ=価値の提供」と考えています。

そして「好きなことで生きていくなんて不可能だ」というのが、世間一般の通念であるのに対し、「好きなことで勝負しないと成功しない」というのが成功者の考えです。

 

常識は絶対正義ではない

「郷に入っては郷に従え」という言葉がありますが、これはつまり「地域によって常識が違う」ということを意味しているとも言えます。

 

地域によって常識が違うのなら、普段我々が世の中の真理だと信じているその常識も絶対正義ではないということが理解できるはずです。

 

カナダには世界中からたくさんの国の人たちが移住してきています。

そしてそれぞれの人が異なった価値観、常識を持っています。

 

例えばゴミをポイ捨てする人がいたとします。

 

日本人からすると許されない行為だと考えられますが、国によってはポイ捨てすることによってゴミ清掃の仕事を作っているという常識で生きている人もいるかもしれませんん。

だとすると、彼らにとってはむしろゴミを拾うことのほうが罪深いと言えます(実際にそういう国があるかはわかりません)。

 

日本の中でも地域によって微妙に常識が違うといこともあると思います。

 

常識に従うことが当たり前のように考えられていますが、だからといってその常識が絶対的に正しいわけではないし、それに従っていたら幸せになれるわけではありません。

 

もし常識に従うことで幸せになれるのなら、世の中の大半の人が幸せでごく少数の人がそうでないはずです。しかし、実際のところはどうみてもその比率は逆転しているようにしか見えません。

 

常識を行動基準にするとどうなるか

常識を行動基準にするとどうなるかについては、以前書いたこちらの記事でも言及しています。

 

www.theloablog.com

 

常識をベースに行動するようになると、人間は思考停止します。

 

「常識に従っていれば間違いない」という観念を持っている人は、行動するときに自分で決めて行動することがないからです。

 

「自分がどうしたいのか」ではなく、「世間がどうしているのか」で行動しています。

当然そこに自分の意志も自由もありません。完全に他人軸で行動しているということです。だからこそ、世の中の大半の人は幸せを感じることができていないのです。

 

思考停止すると人に騙されやすくなります。

「みんな○○していますよ」と言われたら、それが正しいと思い込んでしまい騙されてしまう可能性が極めて高くなります。

 

入院している人にスリッパをプレゼントすること

以前に日本のテレビを見ていて驚いたことがあります。

「入院している人にスリッパを贈るのは、長居することを意味するから失礼である」という旨の内容でした。

 

これは世間一般の常識なのでしょうが、僕はこれを聞いて驚いたのを覚えています。

 

相手のことを想って、「少しでも快適に過ごしてほしい」という思いでスリッパを贈ったかもしれないのに、それが失礼にあたるという考えのほうがよっぽど失礼だと思いました。

 

「ルールだ!」、「常識だ!」というパラダイムにいる人は、他人からの思いやりの気持ちを素直に受け取ることができないんだなと思いました。

 

そんな(どうでもいい)制限ばかりの人生楽しくないと思います。

 

お客様は神様である

この言葉はいまだに日本の社会に根付いている罪深き言葉だと思います。

ちなみに誤解している人が多いですが、この言葉はサービスを提供する側が使う言葉であって、お客の立場の人間が言うべき言葉ではありません。

 

この言葉によって、いったい何人の日本人の心が疲弊してしまったのかわかりません。

ちなみに僕もその被害者の一人です。

 

正当な主張をするお客さんについてはしかるべき対応をするのは当たり前ですが、あきらかな言いがかりだったり、理不尽な要求をする人に対してまで真摯に対応するべきなのでしょうか?

 

お客さんはお金を払う代わりに、それに相当する価値を受け取っています。

つまり、立場は対等なわけです。

 

そしてお金を払う側が絶対的に偉い・正しいと思っている人は、お金に価値を置きすぎていて、お金に支配されている人です。

 

そういう理不尽な人にエネルギーを消耗させられるから、本来大切にすべき普通のお客さんにまで悪い影響を与えてしまうのです。

もちろん従業員も疲弊します。最悪はその従業員が客の立場のときにモンスター化してしまいます。

 

世界のスタンダードは「お客も会社も対等な関係」です。

むしろ日本だけが異常な常識を持っているということです。

だから、そんな常識は正解でもなんでもないんです。

 

海外ではルールを守らないお客に対しては、サービス提供者側が説教をしたりします。そういう客は他の人に迷惑だからです。

 

年功序列

日本人が年上の人を敬うのは素晴らしいことだと思います。

ですが、年上の人が絶対的に偉いというのはいかがなものでしょうか?

 

特にこの年功序列をビジネスの場に持ち込んでしまったのが、日本の経済が停滞する要因になってしまったのではと思います。

実力関係なく、社歴が長いだけで昇給・昇進では競争社会で戦っていくことはできません。

そしてそういう会社では優秀な若者は離れていくでしょう。

 

日常生活で年長者を尊敬するのは大いに結構だと思いますが、それをビジネスにまで持ち込んでしまうのはどうかと思います

 

この記事で伝えたいこと

誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、僕は「非常識な行動をしろ」ということを言いたいのではありません。

 

僕が言いたいのは、自分が行動をするときに思考停止して常識に従うのではなく、自分がどうしたいのかをよく考えてほしいということです。

よく考えた上でそれでも常識に従うのがいいと思うのであれば、そうすればいいと思います。

 

法に触れることがない限りは、常識から外れるような行為があっても仕方ないと思います。

実際に今の日本は、無意味な常識の制限から自由になった一部の人だけが幸せになっているように見えます。

 

自分を大切にする人は他人を大切にできます。

気分がよければ他人にも優しく接することができます。

一度きりの自分の人生を大切にしてください。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。