潜在意識と引き寄せの法則でどん底から人生逆転

カナダで失業、生活保護、人生どん底からの逆転。

お客様は神様ではない

僕は日本にいたころから数えると、通算で約15年サービス業に従事していました。

 

僕は日本的な考え方がとことん肌に合わない体質で、

とくに「お客様は神様です」という言葉が大嫌いでした。

(今は言葉の重要性を理解しているので「大嫌い」という言葉は使いません)

 

「お金さえ払えば何をやっても許される」

「お金を払っている側が絶対的に偉い」

 

その立場を利用して横暴なふるまいをしたり、

理不尽な要求をしてくる人に対して、なぜまともに取り合う必要があるのかまったく理解できませんでした。

 

実際にカナダの企業で働いてみると、

この手のお客さんは企業側によって排除されています。

 

お客様を大切に扱うことと、理不尽な客の要求に応じることは同義ではありません。

本質を理解していないから、この2つを同じだと誤解してしまうのです。

 

この文化が残っている限り、

日本人の心は疲弊していくことでしょう。

 

 

 

そもそもお客様の定義は?

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ビジネスは慈善事業ではありません。

 

利益が出ないことまで手間を割いていたら、

本業が立ち行かなくなってしまいます。

 

まず最低限の前提として、お金を払っていない人はお客様ではありません。

 

日本ではお金を払っていない人のわがままにまで、

多くの企業が振り回されています。

 

お金を払っていないのに、

クレームばかり言っている人を相手にしている会社があまりにも多い気がします。

 

日本では道徳が重んじられるからです。

 

「たとえお金にならなくても、困っている人がいれば手助けをするべき」

 

という思想が根底にあるのが原因です。

 

もしそういう人を相手にせずに見捨てたら、世間から批判されます。

それが怖いから、お金も払っていない人のわがままに付き合わざるを得ないのです。

 

ビジネスとはトレードである

「お客が絶対的に偉い」という考え方は、

お金という価値に重きを置きすぎているから生まれる発想です。

 

ビジネスとは価値の交換です。

 

お金という価値を差し出すかわりに、

商品やサービスという価値を受け取ります。

 

そこにはお互いの合意があるから取引が成立しているわけです。

 

つまり、商品やサービスは支払った金額と同等の価値であるということです。

 

価格に見合った価値がないと判断したのであれば、

取引が成立しない=お金を払わないというだけです。

 

何が言いたいのかと言うと、「お金も商品も同等の価値なのだから、

お金を払っている側が一方的に偉い」という考えは矛盾しているということです。

 

お金という概念を取り除いて考えてみましょう。

 

その昔お金ができる以前の時代は、

人間は物々交換をして暮らしていました。

 

Aさんは野菜を育てていて、

Bさんは魚釣りをして魚を捕まえます。

 

Bさんが野菜を食べたければ、

自分の持っている価値(魚)をAさんと交換して野菜を手に入れます。

 

もし、Aさんが「魚食べたくない」と言ったら取引不成立です。

代わりに庭の草むしりをさせられるかもしれません。

 

それはAさんも同じことです。

魚が食べたくてBさんのところに野菜を持って行っても、

Aさんが「野菜いらない」と言ったら魚を手に入れることはできません。

 

この「魚」や「野菜」といった自分の持っている価値が、

お金という媒体に変わっただけです。

 

例えばAさんがものすごく嫌な奴でBさんから嫌われていた場合、

Bさんが「あいつ嫌いだから」という理由で取引を拒否してもいいわけです。

 

だから、AさんがBさんのところにお金を持って行って、

「魚を譲ってくれ」と交渉したとしても、Bさんは断る権利があるということです。

 

お金という媒体を介して考えると、

お金を支払っている側が「与えている」ような錯覚に陥りますが、

本質はただ価値をトレードしているだけです。

 

自分が無一文でどうしてもご飯を食べたかったとしたら、

レストランに交渉して皿洗いや掃除と引き換えに、

ご飯を食べさせてもらうことも状況によっては可能です。

 

この例だと価値の交換をしているのがわかりやすいですね。

この時、皿洗いと掃除をしている側の人間のほうが立場が上でしょうか?

 

「自分は労力を提供したのだから、あんたは何でも言うことを聞け」

というのはあまりにも論理破綻しすぎています。

 

しかし、お金という媒体を仲介することによって、

その論理破綻に気づくことができなくなってしまったのです。

 

コストはお金だけではない

企業が生き残っていくためには、ビジネスを合理化する必要があります。

 

合理化の代表的なものに「コスト削減」があります。

 

コスト=お金というイメージがありますが、

コストはお金だけではありません。

 

時間や労力もコストに含まれます。

 

例えば、利益が10000円の商品を購入したお客さんの

理不尽なクレームを相手にすることによって、

膨大な時間と労力を消費したとします。

 

その場合、帳面上は10000円の利益になっています。

しかし、コストで見ると10000円以上の消費をしていることになります。

 

そのクレームに対応することによって、

他の仕事ができなくなったり、

ストレスで仕事のパフォーマンスが落ちたりします。

 

人間が最もパフォーマンスを発揮するのは、

「怒られない」、「責められない」、「批判されない」環境でしたね。

 

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理不尽な顧客対応によりスタッフが疲弊してしまったら、

企業にとっては大きな損失になります。

 

10000円どころの話ではありません。

 

場合によっては金品を要求する顧客もいます。

 

そうすると、時間と労力だけでなく、

お金まで失うことになります。

 

これでは何のためにビジネスをしているのかわかりませんね。

 

最もばかげているのは、その顧客を再度お客様として受け入れることです。

ビジネスは価値の交換なのだから、トレードを拒否することもできるわけです。

 

でも、それをしないのは「お金」という指標だけで考えているからです。

 

身近な人を大切に

多くの日本企業は顧客ばかりを大切にして、

従業員を大切にしていません。

 

確かにお金を払ってくれる顧客も大切ですが、

会社を支えてくれる従業員がいて、初めて会社が成り立つことも忘れてはいけません。

 

そして、従業員も一人の感情を持った人間です。

 

サラリーマンとして働くと、お金を「貰っている」感覚になりがちです。

だから、お金を「あげる」立場である会社の言うことは

絶対服従しなければならないと思ってしまうのです。

 

会社と従業員の間にも取引関係が存在しています。

 

会社がお金を提供する代わりに、

従業員は時間と労力という価値を提供します。

 

だから、従業員が「その取引はフェアじゃない」と思ったならば、

価値のトレードをやめる(=会社を辞める)という選択もできることになります。

 

したがって、必ずしも一方的な主従関係ではないということです。

 

だからこそ、お客様と同じように従業員も大切にしなければならないということです。

 

心が疲弊している従業員に鞭を打っても、

本当の意味でお客様を大切にすることはできません。

 

幸せな感情に満たされているとき、

人間は人に親切になることができます。

 

そっちのほうが心からお客様を大切にできると思うのは、僕だけでしょうか?

 

結論

僕は、顧客に対して強気な態度になれということが言いたいのではありません。

 

正当な主張をするお客様に対しては、真摯に対応すべきです。

 

ただ、何でもかんでも「お客様は神様です」とひとまとめにして考えるのを、

やめたほうがいいということが言いたいだけです。

 

ホテルのチェックイン時にデポジットとして、

クレジットカードを提供することは世界のスタンダードです。

 

それを「日本だったらありえない」と言ってロビーで怒鳴り散らすのは、

世界の人からすると滑稽以外の何物でもありません。

(ちなみにデポジットはチェックアウト時に返還されます)

 

これは僕のベトナム時代に実際にあったエピソードです。

 

グローバル化というのは、「英語が話せればいい」とかそんな単純な話ではありません。

 

前時代的な日本の古い価値観を疑い、

よりよい世界を作っていくために、新しい価値観を取り込んでいくことが大切です。

 

日本が世界に誇るホスピタリティとは、

心からのおもてなし精神のことです。

 

心からおもてなしできるようになるためには、

もてなす側の心が満たされている必要があります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。