人生を良い方向へ導くためには、アクセルとブレーキをちょうどいいバランスで調整する必要があります。
目標を設定し、夢に向かって必死に頑張っているのに結果が全然でない人がいます。
それは必ずしも本人の努力が足りないからではなく、
その人の持つブレーキが原因となっている場合がほとんどです。
僕たちはこのブレーキによって、自分の人生の可能性を大きく制限しています。
自分を過小評価しすぎ
日本人は自分のことを過小評価している人が多すぎます。
これは、子供の頃から否定的な言葉をかけ続けられていることが影響しています。
日本の文化は「良いところを伸ばす」のではなく、「悪いところを改善する」ということが重要視されているからです。
人間には個体差がありますが、その差は我々が考えているほど大きなものではありません。
年収3億円の人は年収300万円の人よりも100倍賢いのでしょうか?
そんなわけないですよね。
僕たちは自分が考えているよりもすごい力を持っています。
しかし、多くの人は心のブレーキによって、本来持っている力よりも自分の力を過小評価してしまっています。
有名なノミの実験があります。
2メートルジャンプできるノミを50センチの高さの箱に入れていると、
箱を外した後も50センチの高さまでしか飛べなくなる
というものです。
ノミは自分は50センチしか飛べないと思い込むことによって、
本当に50センチしか飛べなくなってしまったということです。
人間がそれぞれ違う理由
人間は人それぞれ個性(長所・短所)が違いますよね。
なぜ個体によって個性が違うのでしょうか?
他の動物を見てみても多少の違いはあれど、
人間ほど個体差のある動物は存在しません。
人間も全員同じ個性であってもいいはずです。
にも関わらずここまで人によって個性が違うのは必ず理由が存在します。
個性が違うのは人によって役割が違うからです。
頭がいい人もいれば、頑丈な体を持っている人もいますよね。
もし、この世の中が頭のいい人ばかりだとしたら、イノベーションを起こすことはできても、それを(肉体労働によって)形にする人がいないことになります。
両方いることによって初めてバランスが取れて、
人類が発展することができるんです。
どちらも人類にとって必要な存在で、
どっちが偉いとか偉くないという話ではありません。
ただ役割が違うだけです。
人類は他の動物と違って「進化・成長・発展」という宿命があります。
我々が発展することによって地球全体のバランスがとれるからです。
そのためにはそれぞれ個人が持つ強みを活かして、
お互いの足りていない部分を補い合う必要があります。
出る杭を打つ文化
日本人は周囲の人間との調和を非常に大切にします。
それは良いことでもあるのですが、その国民性が裏目に出てそのツケが表面化してきたように思います。
日本人は横並び精神を重んじますよね。
他人と同じであることを何よりも優先し、その輪から外れることを恐れています。
それは自分だけの問題ではなく、社会全体も同じような体質があります。
少しでも調和を乱し輪から外れる人間がいたら、その人を批判・非難する風潮がいまだにあります。
いわゆる「出る杭は打たれる」というというやつです。
この表現は「優れた人間」に対して使われる表現ですが、
出る杭というのは必ずしも、優れた人間を意味するわけではありません。
人と違うということも「出る杭」であると言えると思います。
そのため、周りとの調和が上手にできない人間にとっては、
非常に生きづらい環境になっています。
戦後は横並び精神でも上手く行きました。
というか、横並び精神があったからこそ日本はここまで経済成長できたのだと思います。
皆が一丸となって同じ方向へ向かって進むことで、
力を一点に集中させて、強烈なパワーを発揮することができたからです。
もし、日本が個人主義の国でそれぞれの人間がバラバラに好きなことをやっていたら、
ここまで急激な経済成長をすることはなかったはずです。
しかし、このやり方が通用するのは経済が発展途上の間だけです。
経済が成熟した現在の日本では、この横並び思想はむしろ逆効果で、
人々の間に閉塞感を生むこととなってしまいました。
時代の流れは個人の時代、多様化の時代になっています。
これ以上集団で一丸となって経済成長する必要はなくなったんです。
心に闇を抱えた日本人の数が昔に比べて圧倒的に増えたのは、
時代の流れに逆行した生き方をしているからにほかなりません。
罪悪感と言う名のブレーキ
時代の流れは個人の時代になっていて、人間は自分という存在を表現したがっています。
にもかかわらず、それを表現すると周囲の人間から叩かれるという風潮は変わっていません。
僕たちは他人から嫌われることを極度に恐れるので、
一度叩かれただけで殻に閉じこもってしまう人も少なくありません。
「誰かに嫌われるぐらいなら、普通(周りと同じ)人間でいよう」と。
自分の内面は外に出たがっている(自分を表現したがっている)のに、
それを無理やり押さえつけるから、それがフラストレーションになって人間の心を蝕んでいきます。
そしてこう思うのです。
「自分だけ幸せになってはいけない」と。
この罪悪感というブレーキが僕たちから幸せを遠ざける犯人です。
でもこの「罪悪感」というものはただの幻想です。
なぜなら「感」なだけであって実体はないからです。
そんなブレーキならとっとと外してしまいましょう。
人それぞれ個性が違うのだから、向いている職業もみんな違うはずです。
にもかかわらず、「○○でなければならない」という価値観を世間が押し付けるから、
自分の進むべき道を見誤ってしまうのです。
僕たちの時代でいうなら、「一流大学に入って、大手企業に就職しなければならない」というものです。
今の時代なら公務員でしょうか。
絶対的な答えを絞り込むということは、それだけ正解者の数も減るということです。
多種多様な答えがあればそれだけ正解者の数も増えます。
世間の常識=正解ではありません。
そのことに早く気づくべきです。
その証拠に大企業神話は崩壊しましたよね。
本当の貢献とは周りの人間に合わせることではなく、
自分の持っている強みを最大限に発揮することです。
それが最終的に社会を助けることになり、その人に経済的富裕をもたらします。
最後まで読んでいただきありがとうございます。