僕たちは無意識のうちに「他人から良く見られたい」という気持ちを、自分の行動基準にしてしまっています。
特に日本人は周囲の目を気にする特徴があるので、この傾向が強いように思えます。
人間関係というのは、人生における永遠のテーマの一つです。
そして、人間関係によって幸せになる人よりも、不幸になる人の方が多いような気がしてなりません。
そして、人間関係によって不幸になってしまう原因の一つに、「他人からよく見られたい」ということを自分の行動基準にしてしまっているということが挙げられます。
全員から好かれるのは不可能
どんなに自分が努力をしても、世の中に存在するすべての人から好かれるのは不可能です。
人間関係というのは自分だけの問題ではないからです。
例えばあなたがとても好感度の高い人で、たくさんの人から好かれているとします。
その場合、表面化していなかったとしても、あなたのことを嫌いな人が必ずでてきます。
皆から好かれているあなたの姿を見て嫉妬して、あなたのことを嫌いになる人がいるからです。
宇宙に存在する万物は必ずプラスとマイナスでバランスをとっています。
だから、プラスがあれば必ずそれと同量のマイナスがあるということです。
この場合の同量とは「数が同じ」ということではありません。
例えばあなたのことを好きな人が10人いて、その「好き」のパワーがそれぞれ1ずつあるとします。
その場合「嫌い」のパワーを1持っている人間が10人現れるわけではなく、5のパワーを持っている人が2人現れたり、10のパワーを持つ人が1人現れたりします。
現れると表現しましたが、必ずしも「表れる」わけではありません。
中には表面化せずに心の中であなたのことを嫌っている人もいるからです。
どうせ自分のことを嫌いな人が出てきてしまうなら、無理してその人に合わせて好かれようとするのは時間とエネルギーの無駄ですよね。
居心地が悪いのは本来の自分ではないから
僕たちは大なり小なり付き合う相手によって自分の態度を変えています。
自分の身内には横柄なのに、見ず知らずの他人には腰が低い人もよくいますよね。
社長に接するときと、部下に接するときにまったく同じ態度の人はいないのではないかと思います。
僕たちが「他人からよく見られたい」と思うがあまり苦しくなってしまうのは、他人に自分を合わせることによって、本来の自分ではなくなるからです。
自宅ではくつろげるけど、よそ様の家では居心地が悪いですよね。
簡単にいうとそんな感じです。
この場合「どういう自分でありたいか」ということよりも、「他人からどう見られたいか」ということが優先されています。
つまり、自分軸ではなく他人軸で生きているということです。
そして他人軸というのは付き合う相手によって変わりますから、いつも軸がぶれて不安定な状態でいることになります。
よそ行きの自分を演じるということは、「本来の自分の姿では受け入れてもらえない」と思っているということです。
それは自己否定しているのと同じことです。
他人に嫌われたくないからといって自分を卑下する人がいますが、その自己否定というのは自分の潜在意識に深く根付くことになってしまう恐ろしい行為です。
他人軸で生きて、なおかつ自己否定をしているのであれば人生が苦しくなって当たり前です。
魅力的な人間になる
魅力的な人間というのは、人を惹きつけます。
そして大抵の場合、魅力的な人間を嫌いな人よりも、好きだという人のほうが圧倒的に大多数になります。
だから、他人に好かれようとするのではなく、魅力的な人間になればいいんです。
この場合、魅力的というのは外見のことを指しているわけではありません。
魅力的かどうかはその人の「生き方」「あり方」に関係しています。
簡単にいうと「自分の軸をしっかりと持っている人」のことです。
自信にあふれ堂々としている人は魅力的に見えます。
自信を持つというのは虚勢をはるということではありません。
自信を持つというのは「ありのままの自分を受け入れる」ということです。
つまり自己肯定ですね。
ありのままの自分でいるということは、自分軸で生きていることになります。
だから、人生にストレスを感じることが少なくなります。
もし、そういうあなたを否定・批判してくる人がいたとしても、
「そういう考えの人もいる。人は人。自分は自分。自分はこのままで十分素晴らしい」
と聞く耳を持たなければいいだけの話です。
僕たちはどうしても万人から好かれようとしてしまいます。
でもそういう生き方をすると、少なからず自分のことを嫌いになってしまう瞬間が出てきます。
他人に嫌われたくないのか
自分に嫌われたくないのか
どっちが自分の行きたい世界なのかを冷静に考えてみると、人間関係から自由になることができます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。