あるところに「自称日本一ツイてない男」がいました。
男の名前は山田義彦。45歳。
どこにでもいる普通の会社員です。
ある日義彦は買い物に出かけ、
スマホをいじりながら歩いていました。
すると突然バランスを崩しそのまま転倒してしまいます。
受け身の体勢が取れなかった義彦は、
地面に思いっきり顔面をぶつけてしまいます。
「痛ってぇ...」
義彦が足元を見ると、
こぶしの大きさぐらいの石が落ちていました。
「誰だ!こんなところに石を置きやがった奴は」
やり場のない怒りがこみ上げてきます。
義彦は「なんてツイてないんだ」とブツブツ文句を言いながら、
買い物を済ませて自宅へ向かいます。
自宅へ向かう途中、突然雨が降り出します。
慌ててコンビニへ逃げ込む義彦。
出発前、「雨が降りそうだな」と思っていた義彦ですが、
スマホの天気予報を見ると降水確率は20%。
「傘持っていくと邪魔になるしな」
ということで傘を持たずに出かけたのがアダとなりました。
「ちきしょう。役立たずの天気予報め」
びしょ濡れになった義彦は、
コンビニの中で一人毒づいていました。
「まったく、今日はついてないぜ」
雨が一向に止む気配がないので、
義彦はコンビニで傘を買うことにしました。
傘売り場にはチープな見た目のビニール傘と、
コンビニらしからぬ高級感を感じさせる傘が置いてありました。
どちらを買おうか一瞬迷った義彦でしたが、
「傘に大金払うのはもったいない」
ということでチープなビニール傘を買うことを決断。
レジに向かうとレジには長蛇の列。
義彦と同じように雨から逃れるため、
たくさんの人がコンビニに押しかけてきたからでした。
肌寒い時期だったせいもあり、
ホットコーヒーを手に並んでいる客が目立ちます。
(コーヒーぐらい自販機で買いやがれ)
と心の中で文句を言う義彦。
長蛇の列を見た店員の一人が慌ててもう一つのレジに駆け込み、
「お待ちのお客様こちらのレジへどうぞ」
と声を掛けます。
一斉に空いているレジへ流れ出す客たち。
列に並んでいる人数は、
義彦の列が若干少なめです。
義彦は一瞬どちらに並ぶか迷いましたが、
「人数が少ないから」ということで、
そのままの列に並ぶことにしました。
すると、もう一方のレジの列が流れ始めます。
ほとんどの客はコーヒーしか持っていなかったので、
会計が非常にスムーズだったためです。
義彦の列に並んでいる人たちは、
カゴを持っている人が何人かいました。
(こりゃ時間かかりそうだな...)
義彦はもう一方の列に並び直します。
まだ若干並んでいる人はいますが、
ほとんどの人は片手にコーヒーを持っているだけ。
スムーズに列が流れ、
義彦の前に残り2人になったとき、
突然レジの流れが悪くなり始めます。
どうやら先頭の客がおでんの注文に迷っているようです。
(早くしやがれ)
とイライラしながら待つ義彦。
ようやく注文が決まり会計のときになると、
今度はカードが使える使えないでひと悶着が始まります。
そうこうしているうちに、
もともと並んでいた列はみるみる短くなり、
義彦の本来の順番も終わっていました。
(ツイてねぇ...)
(注文トロすぎるんだよ、あの客)
(カード使えるかぐらい事前に確認しとけっての)
義彦はあからさまにイライラした態度を見せながら、
お金を投げつけるようにしてコンビニを後にしました。
コンビニを出るころには天候はさらに悪化しており、
雨だけでなく強い風まで吹き始めています。
買ったばかりのビニール傘を開き、
急ぎ足で自宅へ向かい歩く義彦。
歩き始めてしばらくたったころ、
突然強い風が吹きつけました。
飛ばされそうになりながらも必死に耐える義彦。
買ったばかりのビニール傘はラッパ傘へと姿を変え、
あっけなく壊れてしまいました。
「くそっ!」
傘を地面に投げつけて怒りを爆発させる義彦。
ずぶぬれになりながら、
全速力で走って自宅へと帰りました。
自宅へ向かって走っている道中、
あらゆるものへの怒りで義彦のはらわたは煮えくり返っていました。
(あの嘘つき天気予報め)
(あのコンビニもこんなボロい傘売りやがって)
(こんな傘売ってるから買っちまったじゃねえか)
自宅に帰った義彦は真っ先に風呂へと向かいます。
ずぶぬれになった服を脱ぎながら、
「本当ツイてない1日だったぜ」と独り言を言うのでした。
翌日、会社で働く義彦のところに、
取引先から電話が入ります。
電話の内容は自社の不手際によるクレームでした。
発注ミスがあったから至急対応してほしいと。
電話を終えるなり義彦は怒鳴り声をあげます。
「誰だ。発注ミスしやがったやつは!」
犯人捜しを始める義彦。
他人のミスで叱責されたことがよほど納得いかなかったのでしょう。
発注ミスをした人間を探すため、
過去の記録を調べ始める義彦。
その間取引先はほったらかしです。
業を煮やした取引先が、
「まだですか?」と督促の電話をかけてきました。
「今(犯人を)調査中ですのでしばらくお待ちください」
と言って電話を切る義彦。
発注ミスをしてしまった犯人は、
今年入社したばかりの新入社員、高橋君でした。
義彦は高橋君を呼びつけ説教を始めます。
「お前が発注ミスをしたせいで先方(と俺)に迷惑がかかったじゃないか!」
義彦のあまりの剣幕に平謝りする高橋君。
その様子を冷ややかな目で見る同僚たち。
実は同僚たちに「高橋はまだ新人だから止めといたほうがいい」と助言されていたにもかかわらず、義彦の一存で高橋君に発注を担当させたことが原因でした。
「本当使えねー奴だな」
説教が終わった後も怒りが収まらない様子の義彦。
「ったく、どいつもこいつも」
その日の夜、義彦は同僚たちと居酒屋にいました。
酒のつまみはもっぱら会社の悪口。
「俺たちはこんなに頑張ってんだからもっと給料払えっつんだよ」
同僚の一人が口を開きます。
「そんなに不満なら会社を辞めればいいじゃないか」
それを聞いた義彦はキレ気味に応えました。
「バカヤロー。そんなことしたら収入がなくなるだろ」
「俺だってできることならもっといい会社に転職したいさ」
「でも景気悪いしこの年で再就職は難しいだろ。だから仕方なくこの会社に残ってるのさ」
「俺たちの給料が安いのは社長が無能だからだ」
同僚たちは無言になり賛同も反対もしません。
しばらく無言の時間が流れた後、
別の同僚が口を開きます。
「確かに最近景気悪いよな。税金も上がってきたし最近マジで生活苦しいわ」
義彦はすかさず応えます。
「そうなんだよ。俺たちの生活が苦しいのもぜんぶ国のせいだ」
その後も義彦の愚痴は過熱し続け、
「アメリカが悪い」という話に発展したかと思ったら、
ついには「時代が悪い」という話にまで飛躍したのでした。
時は流れ、義彦の人生最期の日が訪れます。
義彦が最期に口にした言葉は、
「俺はツイてない。最悪の人生だった」
だったそうです。
(この話はフィクションです)