人間誰しも他人に対して怒りを感じることがあると思います。
自分の価値観にそぐわない行動を取った人間を目撃したとき、
腹が立つのは至極当然のことです。
僕たちは他人に対して怒りを感じるとき、
その原因は相手にあると考えます。
しかし、実際は怒りの原因は自分自身にあるのです。
この考え方を持つことができるようになると、
怒りを感じることが少なくなります。
自分自身に怒りの原因があるとするならば、
自分が変われば怒りを消すことができるからです。
信念=神様のいない宗教のようなもの
価値観や信念とは人間にとって行動の指標となるものです。
自分の価値観に基づいて行動を選択し、
自分の価値観にそぐわないことはやらないのが人間です。
信念とは我々にとって宗教のいない神様のようなもの。
自分の大切にしている考え方であるからこそ、
その考えにそぐわない行動をしている人間を見ると腹が立つわけです。
信念とは自分王国にとってのルールのようなもの。
自分王国は自分にとって心地の良い環境を指します。
あなたは自分王国で気分よく過ごしています。
ある日、国のルールを守らない奴を目撃しました。
あなたはその人間に対して腹を立てます。
ルールを守らないことは、
自分が信仰している宗教の神様(信念)を冒涜されるようなものだからです。
正義の反対はまた別の正義
正義の反対は悪ではなく、
正義の反対はまた別の正義です。
あなたが腹を立てているその人も、
自分の信念に基づいて行動しているだけ。
その人にとってはその信念こそが正義なわけです。
コロナウィルスに関して、
自粛推進派と自粛反対派がいます。
お互いが自分の正義こそが正しいと思い、
その正義に従わない相手のことを批判しています。
しかし、自粛推進派も自粛反対派も、
どちらも正しいと言えば正しいわけです。
ただ考え方が違うだけであり、
どちらかが正しいということはありません。
怒りの原因=理解+許容の欠如
相手には相手の正義がある。
そのことが理解できれば、
自分の正義を相手に押し付けようとは思わないはずです。
相手に理解を示そうとせず、
自分の正義を強要するから、
揉め事に発展するわけです。
宗教戦争が起こるのも、
自分の信じる神こそが絶対であり、
それを他宗教に押し付けようとするから争いに発展するのです。
お互いがお互いの考え方を尊重し、
理解を示すことができれば、
揉め事や争いは起こらないはずです。
イスラム教の人が酒を飲まなかったり、
豚を食べないことに関しては特に何も思わないですよね?
「宗教でそういう決まりがあるから」
という理解があるからです。
でも彼らがもし、
「お前らも酒と豚肉禁止な」
と言ってきたらどうでしょうか?
怒りますよね?
でもこれと同じことを僕たちはやっているのです。
自分のルール(信念)を相手に強要し、
その通りに行動しない人間を非難したり、
腹を立てたりしてしまうのです。
自分の思い通りに行動しない人間を許容する心があれば、
そういう感情は感じなくて済みます。
まとめ
怒りのきっかけを作っているのは他人かもしれませんが、
怒りを生み出しているのは自分自身です。
すべての感情は自分の内側からしか作られません。
怒りが生まれる原因は、
理解と許容の心が欠如しているから。
怒りを感じることによって損するのは自分です。
理解と許容の心を鍛えれば、
怒りを感じることが少なくなり、
自分の人生にとってもプラスになります。
「他人が悪い」という考えを持っている限り、
常に怒りや不満を感じ続けることになります。
「すべての原因は自分にある」
他人に心乱されることがないようになるためには、
この考え方を持つことはとても重要です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。