潜在意識と引き寄せの法則でどん底から人生逆転

カナダで失業、生活保護、人生どん底からの逆転。

パノプティコンの呪縛

小さなお子さんがいる人は、

 

「周囲の人の目が気になって子供を叱ってしまう」

 

ことって一度は経験があるのでないでしょうか?

 

日本人の親は子供に対する「ダメ」や「やめなさい」が非常に多いです。

(それが悪いということではありません)

 

海外の親たちは、びっくりするぐらい子供を叱りません。

日本のように大声で子供を叱りつけている親を一度も見たことがないです。

 

「ダメ」や「やめなさい」が子供のためを思ってのことならいいですが、

僕たち日本人は「自分(親)が責められるという恐怖」から子供を叱ってしまうことがよくあります。

 

つまり、「(子供が)そんなことをしたら、親である自分が非難される」、

という恐れのせいで子供を叱ってしまうということです。

 

 

 

パノプティコン

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出典:SIERKSMA'S SEQUENCES

 

パノプティコンとは、監視塔を中央に放射状に個室を配置した建築様式のことです。

 

パノプティコン - Wikipedia

 

監視塔から360度見渡すことができるため、

個室にいる人々は常に「監視されている」という恐怖に支配されます。

 

パノプティコンの恐ろしいところは、

監視塔に誰もいなくても同じ効果があるということです。

 

監視塔に誰もいなくても、

個室側からそれを判別することができないため、

「常に監視されている」という意識を植え付けることができるということです。

 

日本社会はパノプティコンである

このパノプティコンという構図は、

日本社会の人間関係を表しているように思えます。

 

「常に他人の目が気になる」

 

という人は多いですね。

まさにパノプティコンそのものです。

 

「自分がどうしたいか」よりも「他人からどう思われるか」を優先して、

生きている人は非常にたくさんいます。

 

それはすなわち、他人軸=他人の人生を生きているということです。

 

自分を抑圧して他人の価値観に左右されて生きているので、

人生に喜びを感じることができなくなります。

 

他人はコントロールできないし、

人の価値観に従って生きていて楽しいわけがありません。

 

とはいえ、自分に正直に生きると世間から批判されます。

 

誰だって「認められたい」、「理解されたい」と思っています。

そして、「否定される」という恐怖は何よりも恐ろしいです。

 

だから、「(攻撃されないように)他人の目を気にして生きていくしかない」と、

無意識に思い込んでしまっています。

 

「みんなから好かれなければならない」という幻想

多くの人は「世の中の人全員に好かれなければならない」と勘違いしています。

 

どんな好感度の高い有名人でも一定数のアンチがいるように、

万人に好かれることは不可能です。

 

だから、全員に好かれる必要はないということです。

いい恰好したところで、相手はあなたのことなど覚えていません。

 

パノプティコンの監視塔には誰もいないのです。

 

傍若無人にふるまうのは良くないですが、

何も悪いことをしていないのに、そこまで他人に気を使う必要ってあるのでしょうか?

 

「万人から好かれなければならない」という考えを手放すだけで、

人生はかなり楽になります。

 

パノプティコンの呪縛

なぜ日本人がここまで他人の目を恐れるかというと、

「批判ありき」で社会が成り立っているからです。

 

とにかく「NO」と「ダメ」と「NG」と「ねばならない」と「すべき」が多い。

 

そもそも「批判される」という発想自体なければ、

他人の目を気にすることなどありません。

 

外国人が大胆かつ積極的に行動しているように見えるのは、

彼らが「批判など怖くない」と思っているからではありません。

 

そんなことぐらいで「批判される」と思っていないからです。

 

「理解されたい」、「拒絶されたくない」というのは人間の本能です。

国籍は関係ありません。

 

人間社会において、本当にやってはいけないことは法律で規定されています。

 

常識など単なる一つの価値観にすぎず、絶対正義ではないのです。

 

あるところでは常識とされていることも、

別のところでは非常識なんてこともよくあります。

 

だから法を犯していない限り、否定される筋合いもないということです。

 

人それぞれ価値観は違います。

 

他人の価値観を受け入れる必要はありませんが、

否定する必要もないということです。

 

自分の正義を相手に押し付けるから争いに発展するんです。

 

常識をすべて否定しろとは言いません。

 

しかし、常識は人間の可能性を大きく制限することになります。

 

他人の目など気にする必要はありません。

あなたの生きたい人生を生きればいいんです。

 

「常に監視されている」と思い込んでいるから、

いつまでたっても牢屋から逃げることができず、自由になれないのです。

 

勇気を出して一歩外に出ると、

監視塔に誰もいなかったことに気づくはずです。

そして、晴れて自由の身になることができるのです。

 

「嫌われたくない」と怯えながら生きているよりも、

「別に嫌われてもいいかな」ぐらいの気持ちで生きている方が、

圧倒的に人生が楽になります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。