潜在意識と引き寄せの法則でどん底から人生逆転

カナダで失業、生活保護、人生どん底からの逆転。

日本の洗脳教育

※今日は少々ネガティブな内容になりますので、

読んでいて気分が悪くなった方は早急にご退出ください。

 

最近、とある光景に遭遇して思ったことがあります。

 

「日本人は本当に否定的な発言が多いな」と。

 

これは自己否定もそうですが、他人に対する否定も同じです。

 

日本では上司が部下をボロカスに言うことは珍しくありませんが、

海外でそのような光景を目にすることはまずありません。

 

言葉も立派な暴力ですからね。

 

 

www.theloablog.com

 

 

上司部下の関係とはいえ人格を否定するような叱責をしたら訴えられます。

誰かを殴っているのと変わらないからです。

 

日本で生まれ育った自分からすると「へー、そうなの?」って感じですが、

世界ではそっちのほうが普通なんです。

 

ちなみに、従業員を否定すればするほど会社のパフォーマンスは下がります。

www.theloablog.com

 

良識ある大人なら、他人を傷つけるようなことを言わないのは常識です。

 

でも、日本では他人を否定することが当たり前のように行われているのは、そういう文化が浸透しているからです。

 

洗脳されている人間は、自分が洗脳されていることに気づきません。

 

かつての僕自身もすごく否定的な言動が多かったので気づきませんでしたが、

否定的な言葉遣いをやめるようになってから、

日本人の否定的言動が気になるようになりました。

 

要するに、洗脳から覚めたから洗脳されていたことに気が付いたということです。

 

日本の洗脳教育

f:id:Apollojustice:20191220150059j:plain

現在の日本の教育システムは、戦後にGHQによって作られたものだと言われています。

 

その狙いは「黙って指示に従うロボット人間を量産すること」です。

 

日本が復興するためには、作業をする人間が大量に必要だったからです。

自分の好き勝手やって、全然命令に従わない人間ばかりだったら困るわけです。

 

その狙いが功を奏してか、日本は急速な経済発展を遂げることに成功しました。

 

しかし、この教育システムには弊害があり、多くの指示待ち人間を生む結果となりました。

 

作業員を作り出すための教育で生まれ育った人々は、

自分の頭で考えることをしなくなり、思考停止に陥ります。

そしてクリエイティブな発想が失われていきました。

 

教育現場の鉄拳制裁

今考えるとありえませんが、僕たちが子供の頃は学校の先生に教育という名の暴力を振るわれていました。

 

それが体罰かどうかはここでは議論しませんが、

暴力による恐怖を植え付けることで上の人間に絶対服従させるという、

ある種の洗脳があったように思います。

 

おそらく軍隊教育の名残があったのでしょうね。

 

命令に従わない人間がいたら部隊が全滅する可能性があります。

 

暴力で抑えつけることで上官に逆らえなくするようにすることは、

軍隊を編成するうえで必要不可欠だったのでしょう。

 

年功序列と上下関係

日本では年上の人間を敬うという文化があります。

これは軍事教育というよりは、儒教の影響で生まれた文化ではないか思っています。

 

僕も体育会の部活に所属していたので上下関係は厳しかったです。

 

コーチの横暴な態度や理不尽な暴力に苦しんでいたこともあります。

 

「どんなに人間的に欠陥のある人間であっても、

年齢が自分よりも上の人間には従わないといけない」

 

これも一種の洗脳のように思います。

 

下っ端には意見することすら許されないのです。

(僕は結構歯向かってましたが....)

 

今の日本はこの年功序列文化のしわ寄せで苦しんでいます。

別のブログの記事ですが、気になる人は読んでみてください。

 

www.apollosblog.com

 

多すぎる(無意味な)ルール

日本人は子供のころからルールに縛られて育ちます。

 

子供がカナダの学校に通うようになって顕著に感じるのは、

本の学校はあまりにも「NO(ダメ)」が多すぎるということです。

 

あれはダメ、これもダメ。

 

中学校くらいからは校則という名のルールに縛られます。

 

秩序を守るためにある程度の規則は必要ですが、

度を越した規則はマイナス要素しかないように思います。

 

有無を言わさず規則に従わせる

 

そうすることによって、人々は「なぜ」を問わなくなり思考停止します。

 

「髪の毛は眉毛から2センチ(?)上まで」

 

でもなぜ2センチなのかは誰も教えてくれません。

そして、誰もその問いを投げかけることはありません。

 

それは、「そういうルールだから」です。

 

僕は昔からひねくれものだったので、

こういうルールに疑問を抱くことがよくありました。

(詳しくは先ほどの記事の茶髪の下りをご覧ください)

 

しかし、誰に聞いても「そういうものだから」としか答えてくれません。

 

答えている本人もその理由がわかっていないのです。

要するにその人も洗脳されているということです。

 

日本人は、子供のころから制服という同じユニフォームを着せることにより、

「枠からはみ出ない画一的な人間」としての英才教育を受けて育ちます。

 

問答無用でルールで縛り付けることにより、

「そういうもの(規則)だから」と従順に従う人間が生み出されます。

 

彼らは「なぜその規則に従わなければならないのか?」を考えることはありません。

 

そういうものだからです

 

やがて大人になった彼らは完全に思考停止します。

 

常識を疑うことをせず、他人にコントロールされる人生を生きることになります(本人にその自覚はない)。

 

多くの人が人生に希望を見いだせず、自分の夢がわからないのは、

人生に対して思考することをしてこなかったからです。

 

  • 周りの人間がやっているから
  • 親に言われたから
  • 常識だから

 

洗脳教育を受けてきた日本人は、

このような理由で他人の敷いたレールの上を走ることを余儀なくされます。

 

他人のレールを走るのは、自分の人生に向き合う必要がないので楽なんです。

 

でも、自分の人生に向き合う方法がわからなくなってしまうので、

人々は人生という大海原で迷子になってしまっているのです。

 

ルールを破ってはいけないというルール

「ルールは破るためにある」なんて言葉もありますが、

一般的に「ルールは守るものである」という暗黙の常識があります。

 

ルールは破るためにあるなら、ルールの存在意義はありませんからね。

 

しかし、この「ルールは守るべき」という考え方と、

日本人の真面目過ぎる国民性が足かせとなり、時代の流れにつけなくなりました。

 

ルールというのは時代の流れに合わせて変化するものです。

 

普通は時代の流れに合わせて柔軟に変化・進化させていくものです。

 

しかし、日本人は真面目過ぎるので「昔からそう(ルール)だから」と言って、

変化をすることを拒みます。

 

ルールを破ってはいけないと思っているということは、

「ルールは絶対である」と思っているということです。

 

ルールは絶対であると思っている人は、ルールを変更することはできません。

 

単一民族で島国、なおかつ鎖国をしていた影響もあり、

日本人は変化することや新しいものを許容することに対する寛容性が極めて低いです。

 

その資質が柔軟性を奪い、時代の流れに適応できない人々を生むことになってしまったのです。

 

ちなみに韓国は日本の半分程度しか人口がいませんが、

海外に渡航する人口は日本人とほぼ同じぐらいです。

 

パスポート保有率は日本人の倍あります。

 

国際化社会と言われるようになって久しいですが、

いかに国際化に対する意識が薄いかがわかると思います。

 

否定的言動

日本人は子供の頃から数多くの否定を受けて育ちます。

 

否定をされて当たり前という環境で育つと、

他人に対して否定的言動をすることに違和感を感じなくなります。

 

これも洗脳といえば洗脳になるのかもしれません。

 

そして、否定的な言動を受け続けることにより自尊心を失います。

 

これは研究結果でも明らかになっていることですが、

子供に対して否定的な言動をすることは、

子供の自尊心を育むことを阻害すると言われています。

 

「でも甘やかしたら言うこときかなくなるのでは?」

 

もしあなたがそう思ったなら、

あなたは「否定するのが当たり前」という洗脳を受けているということです。

 

まとめ

ロボットには心がありません。

 

ロボットとして育てられたら、

自分の意志をもつことは許されません。

 

自由な発想ができない人間は心が貧しくなります。

 

心豊かに生きるためには他人の人生を生きるのをやめることです。

 

そのためには洗脳から目覚めなければなりません。

 

自分が当たり前だと思っていることを疑ってください。

常識という名の洗脳から目覚めてください。

 

「常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションである」

 

これはアインシュタインの言葉です。

 

世界の偉人は常識などまやかしにすぎないことを知っていたのでしょう。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。