人のせいにして生きる人生は楽な人生に思えますよね。
とりあえず何でも人のせいにしていれば、自分が傷つくことはないからです。
しかし、何でも人のせいにしている人で、
幸せそうにしている人を見たことがありません。
過去の僕も自分では自立的な人間だと思っていましたが、
よくよく考えてみるといろいろと人のせいにすることがあったように思います。
人のせいにすることで得することは何もありません。
自己正当化ばかりをしている人は信用を失いますし、
自分は間違っていないと思っているので成長しません。
人のせいにする弊害についてこちらの記事でお話ししています。
興味のある方はぜひ読んでみてください。
自分の目の前で起こっている出来事の原因はすべて自分の内側にある
多くの人は目の前の出来事(外側の世界の現実)に反応して生きていますが、実は目の前の出来事というのは、自分の内側(=自分のあり方)に原因があります。
仮に自分に対して降りかかってきた出来事が明らかに不条理なものであったとしても、それは自分自身が引き起こしているということになります。
この考え方は一見自分を責めているような印象を受けるので、とても苦しくなるように思えますが、実はこのマインドセットを持っているほうが人生が楽になります。
なぜなら、自分の内面を変えれば外側の世界が変わるから、
つまり、外側の世界も自分でコントロールできるからです。
決して「すべて自分の責任だから自分が悪い」
とネガティブに解釈しないでください。
人生の創造者になる
「目の前の現実を形作る原因がすべて自分の内面にある」という考え方を別の言い方で表現するならば、「目の前の現実はすべて自分が創造している」ということになります。
要するに自分が現実をコントロールしているということです。
ブラック企業で働いていて不平不満をこぼしている人がいますが、
ブラック企業で働く(働き続ける)という選択をしているのは自分自身です。
辞めたければいつでも辞めることができるにも関わらずです。
「辞めない」という選択をしたのであれば、
それは現状を享受するという決断をしたということです。
その決断をしたのは自分自身です
それなのに自分の不運を会社のせいにするのはおかしいです。
人生とは選択と決断の連続です。
自分の人生に不満を感じることがあるかもしれませんが、
ほとんどの場合、その不満は自らの選択によってもたらされた現実が生み出しているものです。
自分の現実をすべて自分がコントロールしていると思うと、とても楽に思えませんか?
「人のせいにする人生」の弊害
人間は誰しも「自分は悪くない」と思っています。
だからついつい人のせいにしてしまうことは仕方ないと思います。
しかし過度に他責的になってしまうと、人生が苦しくなってしまいます。
他責的になっているときは、運命の被害者になっているときです。
「自分が現実をコントロールしている」のではなく、
「現実によって自分がコントールされている」状態にいるということになります。
誰か(何か)のせいにしてしまうとき、
原因は自分の外側にあります。
外側の世界の出来事によって自分の在り方が変わるということは、
自分の在り方は外部要因によって決められているということです。
自分が悪い(=自分に原因がある)と思っていたら、
誰か(何か)を責めることはしません。
人生で起きる出来事が完全に自分のコントロールの範疇外にあると思ったら、
とてもしんどいと思いませんか?
自分は人生で起こる出来事(運命)に翻弄されるしかないですからね。
他人を自分の思い通りにコントロールすることはできません。
しかし、実は自分のあり方が赤の他人の行動に影響を与えることもあるんです。
なぜなら、宇宙に存在する生物はすべて潜在意識の奥深くでつながっているからです。
詳しくはこちらの記事の中にある「量子もつれ」をご覧ください。
したがって、もし他人があなたに理不尽な仕打ちをしてきたとしても、
それは自分のあり方がそうさせたということが言えます。
普通は理不尽な目にあったら、
文句も言いたくなるし人のせいにもしたくなりますよね。
自分は悪くないのに、他人のせいで自分に被害がある(評判が落ちるなど)なら人のせいにしたくなります。
でも人のせいにした時点で、あなたは「人生の創造者」ではなく「運命の被害者」になってしまいます。
逆に、その理不尽な扱いをしてきた人すら自分がそうさせたのだと思うと、気が楽になり人生が軽くなります。
ここからは「人のせいにする生き方が人生に及ぼす悪影響」について深堀していきたいと思います。
弊害① 常にイライラすることになる(キリがない)
先ほど「自分のあり方が他人の行動に影響を与えている」といいました。
しかし、これは「他人を自分の思い通りにコントロールすることができる」という意味ではありません。
そんなことができたら世界は大変なことになってしまうでしょう。
あくまでも、自分のあり方が他人に影響を与えるだけであって、意図的にコントロールできるということではありません。
つまり基本的に他人をコントロールすることはできないということになります。
他責的(=自分は悪くない)なあり方でいると、他人の行動にいちいちイライラしたり、怒りを感じたりするようになってしまいます。
なぜなら、世の中にはあなたと全然違う価値観を持っている人が無数にいるからです。
他責的な人は「すべて自分の思い通りにいかないと気が済まない」傾向があります。
でも他人はコントロールできないのだから、自分の思い通りにいくわけがありません。
そんな考えで生きていたら、新しい人間関係ができるたびに毎回イライラして、終始嫌な気分で過ごさないといけなくなります。
よく「不景気が悪い」とか「国が悪い」と自分の不運を他者のせいにしている人がいますが、同じ国に暮らしていて、同じように不景気な状態であっても幸せに暮らしている人はたくさんいるわけです。
他責的になるとその矛先は際限がありません。そういう人は、国を責めるのに飽きたら今度は世界情勢のせいにすることは想像に難くありません。
弊害② 成長が止まる
「自分が正しくて他人が正しくない」と思っていると、他人から学ぶことができなくなります。
どんな人であっても必ず何かしらの学びを与えてくれます。
学びを与えてくれない人はあなたの人生には登場しません。
成長が止まるということは、ある一定のレベルから上に行くことができないということです。
もし今目の前にある現実が自分が望んだものでない場合、それは過去のあなたの考え方や行動がもたらした結果です。
もし、考え方や行動を変えなければ今と同じ現実が人生の延長線上で待っているだけです。
そのためには「自分は間違ってない」という根本の考え方を改めないといけません。
弊害③ 波動がネガティブになる
「人のせいにする」というのは愚痴を言っているのと同じ状態です。
言葉もエネルギーです。
そして自分が発する言葉を一番浴びているのは自分自身です。
要するにマイナスのエネルギーを自ら作り出して、
自分の波動を下げているということです。
最悪なのは、もうその当事者がいなくなっているのに、
いつまでもその人を責め続けている状態です。
自分の思考はその人に支配され、
イライラした気持ちとネガティブな波動を持続させることになってしまいます。
自分の波動が下がれば、その波動に同調した現実が引き寄せられます。
そして、さらに不運な現実にまた不満をもらすという悪循環に陥ってしまいます。
まとめ
他者のせいにすることは自分を正当化することができるので、傷つくことが減ります。
でも、結局そのあり方が自分を苦しめることになってしまいます。
覚えていていただきたいことは「決して自分を責めない」ということです。
自分を責めるのではなく、自分の内面に原因を探すだけでいいです
自分が人生を創造しているということがわかれば、自分に起こる出来事の受け取り方も変わるし、人生がとても楽になります。
「そんなものは嘘だ」と言って人生を苦しいものにしてしまうのなら、
「そういうこともありえるかも」と自分の都合のよい方に解釈をしたほうが得です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。